入 曽 地 区 |
|
![]() | 水野の庚申塔 天明2年(1782)に水野村民が金剛院法印寛慶の指導の下に現当二世安楽などを願い造立されました。 |
![]() | 金剛院 創建は不詳ですが室町時代後期以前と推測されています。山門は天明2年(1782)の建立の風格ある四脚門です。 |
![]() | 入曽用水 水の乏しい地域で暮らす人々のために開削された生活用水路です。江戸時代以前からあったと思われますが、かろうじて残る遺構の一部も元の姿が失われつつあります。 |
![]() | 水野の化け地蔵 水野村の新田開発は寛文6年(1666)に始まりました。その20年後、入植後に亡くなった人を供養するとともに村人の安楽を願って建てられたと考えられます。「化け地蔵」「夜泣き地蔵」などの伝承も残っています。 |
![]() | 常泉寺と井戸神様 天正年間(1573〜92)に創建と推察されています。元禄2年(1689)に、七曲井の横の観音堂の地から現在地へ移転しました。 |
![]() | 野々宮神社 奈良時代の創建と伝わる古社です。元旦祭や春と秋の大祭には、「入曽囃子」が奉納され、「天王さま」の夏祭りでは、お神輿が入曽囃子の山車と共に練り歩きます。 |
![]() | 七曲井 「堀兼の井」と同じく、武蔵野台地にある古代の井戸の一つといわれ、漏斗状の形がカタツムリの殻に似ていることから「まいまいず井戸」とも呼ばれます。 |
![]() | 常泉寺の観音堂 建仁2年(1202)の創建と伝えられ、大旱魃の時に人々が観音様に祈り古井戸を浚うと清水が湧き出したという伝説が残っています。 |
![]() | 入間野神社 建久2年(1191)の創建と伝えられ、石造りの御神体には天正6年(1578)の年号が刻まれています。毎年秋の大祭には「入曽の獅子舞」が奉納されます。 |
![]() | 夢地蔵 あるとき夢のお告げに従って信州千曲川の畔に温泉を掘り当てた人がその地へ移したお地蔵様ですが、その後10年以上経ってまた南入曽にに戻って来ました。 |