峰・田 中 地 区



市場の荒神さま
正式名称は三柱神社です。養蚕が盛んだった時代には蚕の神として近隣の養蚕農家から多くの信仰を集めていました。

峰の愛宕神社と蚕影神社
右の愛宕神社は当地を知行していた小笠原氏が勧請したと伝えられています。左の蚕影神社は幕末から明治初期に勧請された養蚕・製糸・機織の神です。

西峰霊園の念仏供養塔
文政7年(1824)に峰村の念仏講中が現当二世安楽、極楽往生を願って造立したものです。

東峰霊園の岩舟地蔵堂と薬師堂
右の岩船地蔵堂内には石造の岩船地蔵菩薩立像が、左の薬師堂内には銅製の薬師如来坐像が安置されています。

亀に乗る石碑と石経塔
この亀に乗った石碑には指月和尚という人の業績や人生訓が石碑の4面にびっしりと刻まれています。

石経塔は写経供養塔の一種で、石に経典を書き写すことで仏の功徳にあずかろうとするものです。市内にある石経塔5基のうち2基が当墓地にあります。

田中のカンカン地蔵
自分の体の患部と同じところを小石でカンカンと叩きながら治癒を願ったためこのように呼ばれるようになりました。

田中の稲荷神社
この稲荷神社は旗本小笠原家により奉納されたものと思われます。社殿の裏手には富士塚があります。


清水濱臣の墓
清水濱臣は江戸時代中期の国学界の先頭に立って多くの古典・古代史の考証や注釈に業績を残し、歌人としても有名です。


天岑寺
旗本の小笠原安勝が創建したお寺です。惣門は沖縄風のたたずまいをした立派な造りで、創建当時から残る唯一の建物です。

文明14年(1482)に造立された月待供養塔です。中世に建てられた月待供養塔というのは民俗学的にとても珍しいものです。


旗本小笠原家墓所
墓所には初代領主の小笠原安勝の父安元を始めとして11代余にわたる小笠原家一族の石塔が並んでいます。